北으로 잠입한 '在日조총련 과학자들'

북한의 과학기술과 군사기술을 언급할 때 科協의 존재를 빼놓고서는 말할 수 없다.

조총련은 2006년 7월 대포동-2호 미사일 발사 이후 일본 정부가 북한 선박의 일본 입항 금지 조치를 취하기 전까지 북송선 등을 통해 핵과 미사일 등 대량파괴무기(WMD) 제작과 관련된 첨단장비를 북한으로 밀반출했다. 컴퓨터, 반도체 등 공장설비용 첨단장비가 공식 또는 非공식적으로 유출된 것만 해도 약 2억5천만 달러(1980~1992년 기간) 상당이라고 일본의 공안당국은 보고 있다.

이러한 첨단장비와 기술의 북한 유출은 조총련 산하 ‘재일본조선인과학기술협회(科協)’가 주도했다. 科協은 일본의 제2차 세계대전 패전 이후 자연과학의 전공분야에 따라 조직된 과학자, 기술자 조직을 망라해 1959년 6월에 창립됐다.

1960년대 在日 조총련의 귀환운동으로 일본에서 북한으로 들어간 과학자들의 일부는 영변 핵 개발 연구소에서 활동했다. 이들은 대부분이 도쿄공업대학, 교토대학, 토호쿠대학을 졸업한 원자 물리학자와 기술자들이었다.

이들 귀국 과학자들과 기술자들의 대부분은 科協과 관련된 인물들이었다. 일본 잡지 <正論>의 2006년 4월호 기사에 따르면 조강조(趙康造) 前 일본 조선대학 교수의 경우 1974년 3월에 도쿄공업대학 원자로 공학 연구소에서 우라늄 농축실험을 실시하고, <희토류 염화물계 융해염의 특성>이라는 제목의 논문으로 화학공학 박사학위를 받았다고 한다.

일본 전문가 엄호건 씨는 자신의 저서인《북한의 핵무기 개발: 배경과 내용》에서 조강조 박사가 북한에서 물리학 박사학위를 취득하고, 일시적으로 중국의 심양과 일본의 사이타마 縣 카와코에를 거점으로 북한에 풍부한 모나사이트 등의 희토류를 제품화하는 국제 화학 합병회사의 이사로 활약하다가 1991년 科協에서의 학술보고를 했다고 적시했다. 

북한은 科協을 통해 在日 조선인 과학자들을 불러들였다. 예를 들면, 前 과협 협회장이었던 이시구(李時求) 박사의 경우 일본 원자물리학의 최고 권위자인 후시미 코지(伏見康治) 교수의 지도를 받아 물리학 박사 학위를 받고 북한 과학원에서 원사가 됐다.

후시미 교수는 핵융합 전문가로 나고야 대학의 플라즈마 연구소장을 오랜 기간 지냈다. 따라서 그의 제자인 이시구를 통해 북한도 상당한 수준의 핵공학 관련 지식을 습득했을 것으로 추정된다. 

1990년대 중반까지 800여명의 과학자와 기술자들을 거느렸던 科協은 현재 북한 元士(원사)와 70여명의 학위·학직·명예호칭 소유자, 150여명의 일본 학위·학직 소유자가 소속되어 있다.

핵과 미사일 관련 산업은 북한의 최대 산업이다. 핵개발 분야도 지금까지 4차례에 걸쳐 지하 핵실험을 실시할 수 있을 정도가 됐다. 핵무기와 미사일 개발에는 다종다양한 군사인프라가 필요하다. 그리고 이들 인프라를 건설하기 위해서는 방대한 양의 資財가 투입된다.

1990년대 중반 파국으로 치달았던 북한 경제와 당시 국제정세를 기초로 판단해볼 때 핵무기와 미사일 개발이 가능하도록 방대한 양의 자재를 지원할 수 있었던 조직은 조총련 뿐이다. 이것만으로도 조총련이 朝銀의 명운을 걸고 對北사업을 실행했던 이유를 알 수 있다.

조총련의 불법행위는 북한이 국가의 운명을 걸고 시작한 대규모 핵·미사일 군사산업 프로젝트를 육성하기 위한 것이었다. 1984년 시작된 북한의 합영사업은 북한이 군사 인프라 건설을 위해 일본으로부터 대규모 資財를 들여와 자국의 비밀 군사 프로젝트를 육성하는데 전용됐다. 이 과정에서 科協은 북한의 지령이 떨어지면 일본에서 필요한 물자를 北으로 보냈다.

2003년 일본의 공안당국은 핵개발에 전용될 수도 있는 ‘직류안정화전원장치’ 3기를 북한으로 불법 유출하려던 조직을 적발됐다. 수사 과정에서 동경 도내 조총련계 상사로 알려진 明伸이라는 회사가 적발됐다. 같은 해 미사일 추진제 개발에 사용되는 ‘제트밀(jet mill, 초미세 분쇄기의 일종)’을 북한에 밀반출 하려다 ‘세이신’이라는 이름의 기업이 적발됐다.

수사결과 제트밀의 발주처는 북한의 기계공업부였으며, 이를 구입한 사람은 科協의 간부로 밝혀졌다. 북한의 과학기술과 군사기술을 언급할 때 科協의 존재를 빼놓고서는 말할 수 없다...(계속)

正論2006年4月号寄稿記事
謎の組織「科協」に迫る
(Vladimir)

 朝鮮総聯傘下の「科協」(在日本朝鮮人科学技術協会)がまた紙面を飾った。一月二四日、陸上自衛隊の最新型地対空ミサイルシステムに関する研究開発段階のデータなどが記載された資料が、科協の手に渡っていたというのだ。
 警視庁公安部は昨年十月、無許可で医薬品を販売したとして、薬事法違反容疑の関連先として科協を家宅捜索。その過程で発見された資料からこの事実が浮上した。
 平成七年四月、陸上自衛隊は「03式中距離地対空誘導弾システム」(中SAM)に関する研究開発データのうち、戦術弾道弾(TBM)への対処能力を含む性能検討に使うシミュレーションソフト及び資料の作成を三菱総合研究所に発注。このとき三菱総研から孫請けした企業が、まさに先の薬事法違反容疑で逮捕された科協系人士が役員を務めるIT企業だったのだ。
 この事件について、総聯系新聞「朝鮮新報」はこう反論した。
<(中略)「ミサイルデータ」は在日朝鮮人が経営する民間会社が業務委託を受ける中で提供された資料に含まれていたもので、この資料が科協に渡った事実はない。
しかも、「朝鮮総聯の傘下団体、科協の幹部だった男性が社長を務める会社」などとして、この会社を「朝鮮総聯系企業」だと断定的に記述しているが、この会社は科協とは関係なく「朝鮮総聯系企業」でもない。
 事実関係があるとするなら、この会社の元社長が科協の非専従役員を務めていただけに過ぎない。それだけの理由で「朝鮮総聯系企業」と断じるのはこじつけも甚だしいといえる>(朝鮮新報一月三一日記事より引用)
 これは強弁というべきだろう。その「民間会社」役員六名のうち三名が科協の役員(顧問二名、副会長一名)であることもちろん、昨年十月の社名変更後に就任した現代表取締役を含む三名が京大工学部出身だ。誰が見たって総聯系・科協系であることは言うに及ばず、「科協京大工学部系企業」と呼んでもおかしくない役員構成である。と同時に総聯系IT企業のうち、最初期から活動してきたのは青商会(在日本朝鮮青年商工会)などの商業団体ではなく、京大出身の科協人士であったことが、おぼろげに推測できる。
 昨年十月より報道で耳にする「科協」について、以下に少々述べてみたい。


テポドンは「在日朝鮮人科学技術者の活動の成果」

 九九年三月のことである。北朝鮮の首都、平壌の人民文化宮殿で二日間にわたって開催された「全国科学者・技術者大会」の初日。七年ぶりに開かれたこの大会には、北朝鮮の科学者や技術者、内閣や省、中央機関幹部の顔に混じって、日本から参加した総聯科学者代表団の姿も見られた。団長は当時の科協会長・申在均氏である。
 開幕式ではまず、洪成南総理が党中央委員会の祝賀文を読み上げ、北朝鮮における科学者・技術者の今後の課題について述べた。つづけて崔泰福党書記が壇上に登り、おもに前年度に北朝鮮が達成した、科学技術上の「輝かしき成果」についての報告文を朗々と読み上げた。
 このときの模様を、朝鮮総聯の機関紙「朝鮮新報」はこう記している。
<大会では、科学技術の発展で転換を起こし、社会主義強盛大国建設を力強く推し進めることについて、党中央委政治局委員候補の崔泰福書記が報告し、これまでの成果について語った>(朝鮮新報九九年四月二日記事「平壌で全国科学者・技術者大会」より引用)
「これまでの成果について語った」……。朝鮮新報は明らかに、意図的にこの部分をさらっと書き流している。そうとしか思えないのだ。
 壇上の崔泰福書記は、実際にはこう述べたのである。
「100% 我々の力、我々の技術で初めて人工衛星《光明星1号》を成功裡に発射したのは、最新科学技術発展で成し遂げられた最も誇らしく、貴重な成果である。在日本朝鮮人科学者、技術者たちは、社会主義祖国の富強発展と祖国統一のために愛国的な活動を活発に展開し、主体朝鮮の公民である栄誉を胸深く刻み、祖国の科学者、技術者たちと経済建設に大きく寄与した……」
 日本社会を揺るがした、北朝鮮ミサイル「テポドン」。北朝鮮側が「光明星一号」と呼ぶ、あの悪夢のようなミサイルの打ち上げを結実させたのは北朝鮮独自の技術ではなく、在日朝鮮人の科学者・技術者の「愛国的な活動」にこそ成功の鍵があった、と崔泰福書記は報告し力強く祝福したのだ。
「在日科学者・技術者の愛国的活動」。抽象的な、わかったようなわからないような言葉である。ミサイルに関連する技術文献を祖国のために準備し、地道に束ねて送るような活動を指すのだろうか。あるいはそこに資金的支援なども含んでいるのか。
 興味深い事実がある。在日科学者の世界には、北朝鮮で「ロケットエンジン」を意味する内燃機関の国際的権威が二名いる。なぜ「国際的権威が二名」かというと、十歳ほど年の離れたこの二人は、連名でアメリカの動力機械学会賞を受賞しているからである。二名ともかつて東京大学生産技術研究所(東大生産研)に所属し、一名は科協の現顧問であり、北朝鮮の金剛原動機合弁会社の社長。もう一名は科協役員にこそ名を連ねていないものの、同社より依頼された物資を北に送りつつ、同社の製品をフランス等に販売するという、いわば仲介業的役割も遂行しているという。
 年齢こそ一回りほど離れてはいるものの、この二名は内燃機関という専門も、関係している北朝鮮企業も一緒。そして驚くべきは、テポドン打ち上げを前後し、あたかも「打ち上げ前の準備」から「打ち上げ後の処理」までを懇切丁寧に指導するかの如く、両名ともおびただしい回数、北朝鮮を訪問し、ときには一緒に帰国しているのだ……。
 これが「愛国的活動」の、具体的な中身のひとつである。
 腰を据えて「科協」をじっくり読み解くと、驚くべき事実が続々と浮上する。そこには北朝鮮の「先軍政治」「強盛大国」を支える、ありとあらゆるものが溶解している。さらに言えば、科協の存在意義とは、日本と北朝鮮という二点間の問題だけでは、決してないということである。
 科協……彼らは何者なのか。どこからやってきて、どこへ行こうとしているのか。


十二の支部と八つの専門委員会

「在日本朝鮮人科学技術協会(科協・KAST)は、在日コリアン科学者・技術者・生産企業家たちをはじめ自然科学に携わる教職員と大学院生たちを網羅する団体です」。
 科協が自らの組織について説明する言葉がこれである。
 まずは教科書的な説明から始めよう。
 本部にあたる「科協中央」は、東京都文京区白山4-33-14に所在する「朝鮮出版会館」の6階にある。
 支部は全国にわたっている。東京都エリアのみ「東京」「西東京」そして「朝鮮大学校支部」の三つの支部を擁し、これ以外の地域ではそれぞれ神奈川(神奈川県)、北海道(北海道全域)、東北(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)、東海(岐阜、静岡、愛知、三重、長野)、京都(京都、滋賀)、大阪(大阪、奈良、和歌山)、兵庫(兵庫県)、中四国(鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知)、九州(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島)の八エリアに支部を置いている。
 以下、本部およびこれら支部の総称を「科協」と呼ぶ。
 科協の歴史は古い。終戦の翌年である四六年六月、関東で「在日本朝鮮科学者協会」が生まれ、五四年五月に「在日本朝鮮人自然科学技術協会」となった。いっぽう関西では五三年七月に「在日本朝鮮自然科学者協会」が産声を上げた。この東西の科学者組織は五九年四月に合体し、医学部門を含む「在日本朝鮮人自然科学技術者協会」となる。
 だが後続する二ヶ月の間に、この組織は劇的発展を遂げる。「在日朝鮮社会科学者協会」と「在日朝鮮医薬学協会」を吸収し、同年六月二十八日、科学と名の付くあらゆる分野を包含した「在日本朝鮮人科学者協会」が誕生したのだ。
 以後この組織形態は十六年続くのだが、この間に社協(在日本朝鮮社会科学者協会)、医協(在日本朝鮮人医学協会)が独立分離し、八五年七月十四日に、自然科学に特化した集団である「在日本朝鮮人科学技術協会」に再び改編され、現在に至っている。
 科協は運営にあたって三年ごとの「期(ターム)」を定める。二〇〇四年~二〇〇六年……つまり本文執筆現在は「十七期」に該当する。
 科協は八つの「専門委員会」を設けている。数学専門委員会、物理学専門委員会、化学材料専門委員会、生物農学専門委員会、機械自動化専門委員会、コンピュータ専門委員会、土木建築専門委員会、電気電子専門委員会である。
 各専門委員会には、それぞれ分科会ともいえる「研究会」がある。たとえば化学材料専門委員会には「精密有機化学研究会」「超伝導研究会」「水素エネルギー研究会」「環境問題研究会」「エネルギー研究会」が、物理専門委員会には「レーザー研究会」、生物農学専門委員会には「植物生理研究会」「微生物研究会」「細胞および遺伝子工学研究会」「自然保護研究会」が……といった調子だ。
 役員には会長一名、常任理事に四名、副会長に十名、顧問十名、そのほか研究部長、技術部長、広報企画部長、総務部副部長、事務部長、そして八つの専門委員会につき委員長がそれぞれ一名、さらに財政監査四名が座している。
 会長は朝鮮大学校理学部卒の黄喆洪氏であることはニュース等でも報じられているが、その他の役員やメンバーについてはほとんど知られていないのが実情だろう。


科協の顔ぶれ

 まずは科協役員の顔ぶれをざっと俯瞰してみよう。これまで報道等で公開された人物以外は、氏名を伏せる。
 一瞥して分かるのは自然科学のうち、物理や工学分野の専門家が非常に多いことである。農学博士や植物生理学を専門とする学者がほんの少し存在する程度で、本来「理学」に含まれるはずの地学や天文学などを専攻する学者は、少なくとも役員には1人もいない。役員構成からして、科協は「偏り」のある科学者集団なのだ。
 まずは「常任理事」四名。このうち一名は特筆すべき人物なので少し触れておきたい。科協十五期以前の会長職を長らく勤めた李時求氏である。京都大学から大阪大学大学院に進んだ李時求氏は、物理学の博士号と北朝鮮科学院の「院士」号を持つ。
 李時求氏についてこれまで報じられたもののなかで、ショッキングだったのは今から十六年前、文藝春秋社の月刊誌「諸君!」九十年五月号に掲載された「ニッポンが支える北朝鮮の原発計画」だ。現在、作家として活躍している麻生幾氏(麻生惣一郎氏)が若き日に記した、時代をいささか先んじすぎた衝撃のレポートであった。
 文中に、このような一節がある。
「たとえば科協会長の李時求氏は日本の原子物理学の権威の下で学び、原子力開発にも精通している」
 そして李時求氏が学んだという「日本の原子物理学の権威」について麻生氏は、北朝鮮がターゲットとする日本人科学者の項目でこのように記している。
「八六年には、宇宙工学の権威で東大名誉教授の糸川英夫氏を、また八七年には、原子物理学の権威で、日本学術会議会長(当時)の伏見康治阪大名誉教授、元日本原子力研究所理事長で科学技術庁顧問を務める宗像英二氏などを、科協会長の仲介で北朝鮮が招聘している」。
 この「科協会長」が李時求氏であることは言うまでもない。
 伏見氏といえば元参院議員の理論物理学者で、一九〇九年の生まれの御年九七歳。昨今は「アジア・太平洋の平和・軍縮・共生国際会議」(PDSAP)や反核運動など、いわゆる左派市民運動で見かける名前だが、旧ソ連科学アカデミーや日本原子力学会にも所属する。科学技術史に詳しいある人物は語る。「戦時中、日本が行っていた原爆研究には、代表的なものに陸軍系の『仁科研究所』と海軍系の『物理懇談会』等があったのだが、ウラン濃縮研究の中心人物のひとりに、伏見氏がいたと記憶する」……。科協の重鎮、李時求氏が日本の原爆開発の流れを酌む原子力科学者であり、かつての師と北朝鮮とを結びつけたというのなら、背筋にうすら寒いものを覚えるのは筆者だけではあるまい。
 常任理事にはこのほか、先に紹介した「総聯科学者代表団長」の申在均氏もいる。
 十名いる「副会長」はほとんどが理工系科学技術者である。冒頭にあげた「ミサイルデータ流出先」企業の元社長をはじめ、フランス留学経験もある東工大理学博士、共和国博士号を持つ朝鮮大学校理工学部長、東海大で半導体工学を教える工学博士、自動計測機器メーカー社長など……。
 だが同じく十名いる「顧問」の顔ぶれはさまざまだ。おもに教育畑を歩み総聯の役職を歴任した高齢の人物、「労働二重勲章」に輝く北朝鮮代議員、先に紹介した内燃機関の世界的権威、商工連(在日本朝鮮人商工連合会)役員、朝大元理工学部教授、一級建築士として活躍する東大工学博士、先の「薬事法違反容疑」で逮捕された東大農学博士……ざっと分類すれば六名が工学、一名が農学、残りは自然科学と関係のない総聯人士である。
 このほか研究部や技術部等の部長、各「専門委員会」委員長等でも、やはり多いのが理学部・工学部出身者だ。
 出身大学別では、ほぼ半数が朝鮮大学校を卒業している。次に多いのは東大工学部。つぎに京大工学部や東工大が続いている。朝大卒業後に東大ないし京大の大学院に進んだケースも多い。
 むろん、役員の出身と専門だけで科協全体の特性を推し量ることはできない。だが「在日のための最高学府」朝鮮大学校は別として、科協には東大工学部……特に東大生産技術研究所(東大生産研)との縁を持つ科学者が多いことは、注目に値する。
「科協の二大拠点は東大生産研と理化学研究所」とは、北朝鮮研究者の間でよく言われることである。確かに科協メンバー全体に眼を広げると、そこには「東大生産研の科協人脈」とも呼ぶべき流れがあることがわかる。実を言えば筆者は数年前より科協メンバーの氏名や専門、出身等を可能な限り収集しているのだが、七十年代~九十年代に限定しても、東大生産研に所属した科協会員は確認できるだけで二十名を下らない。
 七十年代前半には東大生産研を拠点とした対南工作さえ行われていた。「学園産業スパイ団事件」と呼ぶべきこの事件の全貌については割愛するが、「学園スパイ団事件」が終息し一段落してから日本人拉致が始まった、という流れは記憶しておく意味があるだろう。


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